どこか遠い国の戦争中にあったお話です。
おじいさんとおばあさんはその国の都に住んでいましたが、戦争が激しくなったため田舎に疎開することになりました。
引っ越しが終わってしばらくたった頃、おばあさんは家の前で子ネコが歩いているのを見かけました。
「あら、かわいいネコちゃんだね。どこの子かしらね?」
おばあさんはなでようと近づきましたが、ネコは逃げていってしまいました。
晩ご飯の時におばあさんはネコのことをおじいさんに話しました。
おじいさんは、
「そういえば昨日の夜中にしばらくネコの鳴き声が聞こえたよ。」
「わたしは全然気がつかなかったわ。」
とおばあさんは言いました。
次の日になって、おばあさんはまた家の前でネコに会いました。
「あんた、まだいたんだね。おうちはないのかい?何か食べるかしらねぇ。」
いったん家に戻ったおばあさんは、昨日の残り物を小さなお皿に入れて持ってくると、玄関の前に置きました。しかしネコがなかなか近づかないので、おばあさんはまた家の中に引っ込みました。
しばらくして様子を見にいくと、残り物はきれいに平らげられていて、ネコの姿はありませんでした。
夕方になって、おじいさんとおばあさんの家の前に住んでいる猟師のおじさんが仕事から帰ってきました。ちょうどあの子ネコが家のまわりをうろうろしているところでした。
「なんだ、ネコか。」
おじさんはネコを見ると吐き捨てるように言いました。
その夜です。
おばあさんはおじいさんに言いました。
「なんだかあのネコちゃんは野良みたいなんだけど、うちで飼えないかしらねぇ?」
「そうだなぁ。かわいそうだけど、この家では動物は飼ってはいけない決まりになってるし、うちらの年を考えるといつまで飼ってあげられるか。しばらくご飯だけでもあげるのはどうかなぁ。」
おばあさんは少し不満そうでしたがそれ以上は言いませんでした。
また次の日になりました。
おじいさんとおばあさんと二人でご飯をお皿に入れて玄関先に持っていくと、今度はもうネコが待っていました。
二人がお皿から少し離れて見守っていると、ネコはしばらくの間じっとしていましたが、やがてお皿の前に来てまたペロリと平らげました。
おじいさんはネコに近づいてみることにしました。少しずつ、少しずつ近づいて、とうとうネコの背中にさわることが出来たのです。
「ああ!結構やせてるなぁ。」
思わず大きな声で言うと、ネコはびっくりして行ってしまいました。
「そうだ、あの子は白いからシーちゃんて名前はどうかしら?」
おばあさんは言いました。
「うん、いい名前だ。」
とおじいさんも賛成しました。
また夕方になり、猟師のおじさんが帰ってきました。
すると近くにいたネコを見つけて、
「なんだ、まだいたのか!」
と言うと、持っていた鉄砲でなんとネコに向かって撃ち始めたのです。
バン!バン!
「おれはネコが大嫌いなんだ。あっちに行け!」
幸い空砲で弾は出ませんでしたが、ものすごい大きな音です。
おじいさんとおばあさんは何が起こったのかと窓からそっとのぞきましたが、恐ろしくて外には出られませんでした。
「なんてかわいそうなシーちゃんなんだろう。無事に逃げるんだよ。」
二人で祈るしかありませんでした。
夜になって、おじいさんとおばあさんは話し合いました。
「明日は猟師さんが帰ってくる前にシーちゃんを入れてあげないとな。」
「そうしましょうね。またいじめられるといけないものね。」
明くる日の早朝です。おじいさんとおばあさんはまだ寝ていました。
グギャーーーッ!
突然さけび声が聞こえました。それは今まで聞いたこともない、ネコの大きなさけび声だったのです。
あまりにも大きな鳴き声だったので、おじいさんとおばあさんもすぐに気がつきました。あの小さなネコが出したとは思えないような、激しい、そして苦しそうなさけび声でした。
しかしネコの鳴き声はそれきりで、その後に猟師のおじさんが出かける音がしただけでした。
おじいさんとおばあさんは猟師さんがいなくなるとすぐに外に出てみましたが、まわりには何も見つけることが出来ませんでした。
「なんていうことだ。もっと早く飼ってあげれば良かった。」
おじいさんは悲しさと悔しさでいっぱいの顔をして言いました。
「こんなことになるなんて、あんまりだわ。あんなちっちゃな子なのに。」
おばあさんは声をふるわせて言いました。
次の日も、次の日もネコの姿はありませんでした。
おじいさんとおばあさんは猟師のおじさんと顔を合わせないようにしていましたが、ひと月ぐらいしてから、おばあさんはバッタリ猟師さんに会ってしまいました。
すると猟師さんの方から、
「この前、ネコがうろついてたでしょう。あれは知り合いが欲しいっていうんで連れてったんですよ。」
と言うではありませんか。
おばあさんは嘘だと思いましたが、黙って聞いていました。
それからまた何か月かが過ぎたころのことです。
おじいさんとおばあさんが夜中に寝ていると、どこからかネコの鳴き声が聞こえてきました。
ミャー、ミャー
おじいさんは鳴き声に気がついておばあさんを起こしました。するとまた、
ミャー、ミャー!
今度ははっきり聞こえました。
「シーちゃんか?」
二人は家の外に出てみました。
ミャー、ミャー!
「シーちゃんなの?」
二人は鳴き声を追いかけましたが、声は少しずつ家から離れていきます。気がつくと、だいぶ遠くへ来てしまいました。
そしてとうとう鳴き声も聞こえなくなってしまったのです。
「あぁ、だめか。」
「やっぱりシーちゃんのはずがないわよね。」
おじいさんとおばあさんははがっかりして言いました。
その時です。
ヒューー、ドッカーン!!!
いきなり地面がゆれました。そしておじいさんとおばあさんの家がある方で火柱があがりました。
おじいさんとおばあさんの家も、猟師のおじさんの家も粉みじんになってしまいました。おじいさんとおばあさんは無事でしたが、猟師さんはとうとう最後まで見つかりませんでした。
後から聞いた話では、なんでも近くの山の中に秘密の基地があって、それをねらった敵の爆弾がはずれて家の方に落ちたということです。
それから程なくして戦争が終わり、おじいさんとおばあさんは都に帰りました。
二人は毎日のようにシーちゃんの話をしました。
「ああ、あの時シーちゃんが助けにきてくれたのよね。あれは確かにシーちゃんだったのよね。」
「それなのにあの子を助けてあげられなかったんだ。本当にかわいそうなことをしてしまった。」
と言って、いつも涙を流すのでした。
しかしよく見ると、二人のそばには新しい家族がいるではありませんか。
それはシーちゃんによく似た、白いネコでした。二人は都に帰ってから出会った迷いネコを飼うことにしたのでした。
おじいさんとおばあさんとネコは、いつまでも幸せに暮らしたということです。(おしまい)